「静謐天籟」とは

原始、踊りと太鼓の結びつきは強かった。打ち囃して踊り舞い、神を迎える儀礼を通じて、自然との共生が試みられてきた。
有史、踊りと太鼓は、様々な方法論、表現技法を獲得し、共同体の民俗芸能として、またそれぞれが独立した芸術として発展し、国や地域、様々な文化圏のアイデンティティーとして今日もその多くが継承されている。
戦後、日本において太鼓は、民俗芸能を基にした再創造され、時に現代音楽の様式を取り入れながら柔軟に発展し興行的に広く浸透し始めた。そして、「太鼓」に日本を意味する「和」の一文字を頭につけ「和太鼓(wadaiko)」と呼称する様になり、今日世界中で広まっている。
似た時期の1950年代末、日本の舞踊界においても、日本人の身体性を、西洋のダンス、美意識に倣うのではなく、その土着性を再考察し、西洋のそれとは相反するものとして表現する試みの運動が興り、その踊りはやがて「舞踏(butoh)」と呼ばれ、今日国内外で大きく評価を受けるに至っている。
戦後、日本における極めて近い時期に、踊りと太鼓、それぞれに再創造の潮流が生まれ、現代において新たな芸能、芸術運動として発展に至ったのは偶然であろうか。
そこには戦後、土着的なものや民俗的なものから離れて都市的生活環境の中で生きる日本人達が、喪失した身体性を求めて、新たに身体的、民俗的アイデンティティーの再定義と獲得をしたいという切実な渇望が時代に内包されていたのではないか。
静謐天籟は、戦後における日本人の身体性、精神性、文化背景を礎にそれぞれ隆盛した「舞踏」と「太鼓」を再び結び、儀礼芸能として回帰させることで現代社会における新たな儀礼空間を再創する試みである。



masashige iida
井上ヒラク / Hiraku Inoue

京都芸術大学和太鼓教育センター所長高木克美に師事。
2013年 和太鼓講師としての活動を開始。
未就学児からシニア、また、ダウン症・自閉症しょうがい者への和太鼓指導経験のほか、現在はインバウンドアクティビティ、企業へのチームビルディングレッスンを主に行う。これまでに500回以上、3000名を超える指導実績を持つ。
2018年 自身の身体運用の課題改善を求め、原初舞踏家最上和子に師事。
2019年 同氏主演ドーム映像作品「HIRUKO」への楽曲提供、同関連イベント「水の祀り」出演。
2020年 舞踏と和太鼓の共演による映像作品「踊る、叩く」「HIMOROGI」を制作。
2022年舞踏公演「妣が国」コロス出演。

和太鼓と舞踏をはじめとした中国武術、殺陣等とのコラボレーション、また近年は自身も舞踏を踊る事を通じて新たな身体表現を模索している。



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